リーデルやザルトを一通り見終えると、次の関心はたいていフランスに向かう。バカラ、サンルイ、ラリック。名前はどこかで聞いたことがあるのに、「ウイスキーグラスとして実際どうなのか」を扱った情報は驚くほど少ない。百貨店のショーケース越しに照明を浴びている姿しか見たことがない、という人がほとんどだろう。
先に結論を言っておくと、この3社はオーストリアやドイツのブランドと競合する製品ではない。作られている目的そのものが違う。それを分かって買えば満足度は高く、分からずに買えば高価な失望になる。

なぜどれもフランス北東部なのか
地図に3社を落としてみると、なかなか驚く。バカラはムルト=エ=モゼル県のバカラ村、サンルイはモゼル県のサン=ルイ=レ=ビッシュ、ラリックの工場はアルザスのウァンジャン=シュル=モデール。互いに車で1〜2時間の距離だ。フランスのクリスタルはほぼ全部、北ヴォージュの森の一帯に固まっている。
理由はロマンチックではない。ガラス窯は薪をおそろしい勢いで食う。だから工房は森を追いかけ、森を焼き尽くせば移動した。北ヴォージュには木材と珪砂が同時にあり、灰からカリウムまで取れた。そこに地理的条件がもう一つ重なる。この一帯は神聖ローマ帝国と接する国境地帯で、ボヘミアのガラス技術が職人ごと越えてきやすかった。
制度も後押しした。フランスのガラス職人は「ジャンティヨム・ヴェリエ(gentilhomme verrier)」、つまり貴族の身分を保ったまま自ら手を動かすことを許された例外的な階層だった。他の手工業なら身分を失うところを、ガラスを吹く者だけは失わずに済んだ。技術が代々受け継がれ、一つの地域に根を下ろした背景である。

まだ鉛が入っている
これがリーデル・シュピゲラウ・ザルトとフランス3社を分ける、最も実質的な違いだ。
ヨーロッパで「クリスタル(cristal)」はマーケティング用語ではなく規格である。EU指令(69/493/EEC)は酸化鉛24%以上を含むものだけを「鉛クリスタル」と表示できると定め、30%以上はさらに上のクリスタル・シュペリウールとして区分する。フランスのブランドが今も製品に「クリスタル」の語を掲げているということは、その基準を満たし続けているということだ。
オーストリアやドイツのブランドが2000年代に入って大半が無鉛クリスタルへ移行したのとは、正反対の方向である。どちらが正しいというより目的が違う。酸化鉛は屈折率を上げ、ガラスを軟らかくして深く削れるようにする。カット模様で勝負するブランドが鉛を手放せない理由だ。
実使用で問題になるかといえば、飲んでいる間についてはほぼならない。一杯注いでその晩に飲み干す程度で鉛が有意に溶け出すという根拠はない。問題は保管のほうだ。クリスタルデキャンタにウイスキーを何か月も入れておく習慣なら、それは別の話になる。グラスの素材と鉛に詳しくまとめたが、要するにフランスクリスタルは「飲むグラス」として使い、長期保管は元の瓶に任せるのが正しい。ラインごとに含有量の表記は異なるので、購入ページの素材欄には一度目を通しておきたい。
バカラ — 半分は名前の価値
1764年にロレーヌ地方で創業し、ルイ15世の許可で設立されたという創業譚が常についてまわる。ただし最初からクリスタルを作っていたわけではない。初期は板ガラスや一般のガラスで、クリスタルの生産が始まったのは1816年。後述するサンルイより35年遅い。
ウイスキーグラスとして見れば、事実上アルクール(Harcourt)一本に絞られる。1841年に登場したこのデザインは六角の脚と六面の太いカットが特徴で、ステムグラスのほうが有名だが、オールドファッションドのタンブラーも同じ文法で作られている。手に取れば重く、照明の下でカット面が割る光の量はかなりのものだ。ロータリーやルクソールのように螺旋・幾何模様を使ったタンブラーもあり、より手の届きやすいエントリーラインも別に展開している。
バカラと酒の縁は、グラスより瓶のほうが有名だ。レミーマルタン ルイ13世のあのデキャンタはバカラ製である。上等な酒はクリスタルに入るものだという感覚は、相当な部分がここで作られた。
3社の中で最も手に入れやすいという点も無視できない。実物を持ち上げて重さを確かめてから買えるブランドは、実質的にバカラだけだ。最も高価なウイスキーグラスで扱った限定版の話はここでは措いておこう。日常的に使うグラスを探しているなら、アルクールのタンブラーが一つあれば十分だ。

サンルイ — 最も古く、最も見かけない
サンルイが3社の長兄である。ガラス工房自体は1586年にミュンツタールで始まり、1767年にルイ15世から「王立ガラス工場」の地位を受けた。フランスで初めて鉛クリスタルの製造に成功したのもここだ。1781年、王立科学アカデミーがそれを確認している。バカラがクリスタルを始める一世代前のことだ。
1989年からはエルメスグループが筆頭株主である。この事実は見た目より先に値札で実感することになる。
ウイスキー用に見るならトミー(Tommy)だ。1928年の模様で、斜めに深く彫り込んだカットがグラス全体を覆う。オールドファッションドのタンブラーサイズがあるので、オンザロックにもストレートの一杯にもそのまま使える。バブル(Bubbles)のようにカットの代わりに気泡を封じ込めた現代的なラインもあり、シスル(Thistle)のような金彩の最上位ラインになると、グラス一つがウイスキー一本を軽く超える。
問題はアクセスだ。正規の販売店がヨーロッパ以外にはほとんどなく、実物を見る機会が少ないまま直輸入や並行輸入に頼ることになりやすい。クリスタルは配送での破損リスクがある品目なので、この点は思っている以上に効いてくる。それでも「知る人ぞ知る」満足感は3社の中でサンルイが一番大きい。

ラリック — ウイスキーと最も深く結びついた側
ラリックは出発点が違う。ルネ・ラリックはもともとアール・ヌーヴォー期の宝飾職人で、ガラスへ移ったのは香水瓶の仕事を通じてだった。1921年にアルザスのウァンジャン=シュル=モデールに工場を構え、ガラス表面を半透明に処理したサテン仕上げと浮き彫り装飾がブランドの顔になった。クリスタルとは透明に輝くものだと思っていたなら、ラリックの製品は少し異質に映るかもしれない。クリスタルへ転換したのは第二次大戦後、息子のマルク・ラリックの代である。
ウイスキー好きにとって面白いのは、グラスよりも縁のほうだ。
マッカランと組んだシックス・ピラーズのデキャンタシリーズが2005年から続き、2010年のサザビーズ・ニューヨークのチャリティオークションでは、ラリックのシール・ペルデュのデキャンタに詰められたマッカラン64年が46万ドルで落札された。当時のウイスキー1本の落札額の記録だった。さらにラリックグループは2019年、スコットランドのグレンタレット蒸溜所を買収している。クリスタル会社が蒸溜所を直接所有するという珍しい構図で、グレンタレットの最上位リリースがラリックのデキャンタで出るのもそのためだ。
飲むためのグラスとしては、ジェームス・サックリングと協業した100ポインツ・コレクションを見るのが現実的だ。ウイスキー・スピリッツ用のタンブラーとデキャンタが揃い、ラリックらしい装飾も過剰にならない程度に抑えられているので実際に使いやすい。逆にメルル・エ・レザンのように浮き彫りがグラス全面を覆うラインは、美しい一方で手に触れる感触の好みが分かれる。

買う前に知っておくこと
ノージング用には勧めない。 これが一番重要だ。3社のウイスキー関連製品はほぼすべてタンブラー、つまりオンザロックとストレートのためのグラスである。香りを集めて立ち上げるには口径が狭まる必要があるが、カットクリスタルのタンブラーは口が広く器壁が厚い。しかも削り出した面がグラス内部の光学を乱すので、色や脚を観察するのにも向かない。香りを掘り下げるグラスが必要ならノージンググラス比較が正しい方向で、フランスクリスタルはそれを揃えた後に選ぶ二本目のグラスだ。
すべて手洗いだ。 鉛クリスタルは食洗機の熱とアルカリ洗剤で表面が白く曇る。一度できた曇りは元に戻らない。ラリックのサテン仕上げは特に洗剤の跡が残りやすいので、ぬるま湯でやさしく洗ってすぐ拭き取るほうがいい。詳しくはグラスの手入れガイドにまとめてある。
価格はおおよそグラス一つ2万円前後から始まる。 バカラのアルクール タンブラー、サンルイのトミー、ラリックの100ポインツはいずれも近い地点から出発し、ラインによって倍に跳ね上がる。為替や流通経路による幅が大きいので、これは感覚をつかむ用途にとどめ、実際の購入前には正規チャネルの価格を確認したい。
中古・アンティークは慎重に。 3社ともヴィンテージ市場が活発で、その分だけ偽物も出回る。底の刻印、カット面の鋭さ、叩いたときの音で選り分ける基準は本物と偽物のほうに別途まとめてある。
それで、どれを選ぶか
実物を見て買いたい、初めてのフランスクリスタルだ、というならバカラのアルクール タンブラーが無難だ。実際に手に取れる可能性が一番高く、手放すときの価値も最も安定している。
誰もが知る名前を避けたいならサンルイのトミーだ。配送リスクは引き受けることになるが、1928年の模様をそのまま使い続けているグラスだという事実が与える満足感がある。
ラリックは、グラスそのものよりブランドがウイスキーと結んできた関係を好む人に向く。グレンタレットを所有するクリスタル会社のグラスでウイスキーを飲む、という文脈が趣味に合うなら、それは十分な購入理由になる。
日本のクリスタルと並べてみると性格がより鮮明になる。江戸切子が色被せガラスを削って文様を現す方式なら、フランス側は透明な器体をそのままに、光の屈折だけで勝負する。どちらも「削る」伝統なのに、出来上がるものはここまで違う。
