まずは写真を見てほしい。

白地に青い花を描いたデルフトウェアのパズルジャグ。細長い首が三段にわたってギザギザに透かし彫りされ、口の縁から小さな注ぎ口が突き出ている
1689年にロンドンのランベスで作られたデルフトウェアのパズルジャグ。高さ22.9センチ。首が三段にわたって透かし彫りになっている。底にはW*Pの頭文字が書かれている。メトロポリタン美術館蔵(写真:The Metropolitan Museum of Art, CC0)

胴のふくらんだ陶器の水差しだ。ところが首のあたりがおかしい。穴がずらりと並んでいて、首というよりかごに近い。口の縁には、急須の注ぎ口を小さくしたような管が三つ付いている。

この水差しにビールをなみなみと注いで、目の前に置かれたとしよう。条件はひとつ。一滴もこぼさずに飲むこと。

傾ければ、ビールは首の穴からこぼれ出る。口に直接つけて飲もうとしても同じだ。唇に届くまでに首を通らなければならないのに、その首が穴だらけなのだから。

どうやって飲むか、少し考えてから先へ進んでもいい。

取っ手がストローになっている

答えは、注ぎ口を吸うこと。ただし、ただ吸えばいいわけではない。

パズルジャグの口の縁は、中が空洞の管になっている。輪になった管が口をぐるりと一周していて、縁に付いた小さな注ぎ口はすべてこの管につながっている。管はさらに取っ手の中へ下りていく。取っ手も中が空洞だ。そして取っ手の下の端は、胴の内側、底に近いところへ抜けている。

パズルジャグの口を近くから見た姿。口をぐるりと囲む太い輪状の管に、穴の空いた小さな注ぎ口が付いていて、管の後ろ側がそのまま取っ手へと下りていく。下には透かし彫りの首が見える
上の1689年のジャグの口。縁がまるごと空洞の管になっていて、注ぎ口はこの管に付いている。管が途切れずに取っ手へつながっているのが分かる。酒は胴の底から取っ手の中を上り、この管を通って注ぎ口から出てくる(写真:The Metropolitan Museum of Art, CC0)

つまり水差し全体が、曲がった一本のストローなのだ。底にたまった酒を取っ手から縁まで吸い上げ、注ぎ口から飲む仕組みになっている。

問題は、このストローに穴がいくつも空いていることだ。注ぎ口が三つあっても口をつけられるのはひとつだけ。残りの二つからは空気が入ってくる。横に穴の空いたストローは、いくら吸っても空気しか来ない。やったことのある人なら分かるはずだ。

だから残りの注ぎ口を指でふさぐ。それでもまだ足りない。取っ手のどこかに、もうひとつごく小さな穴が空いている。たいていは取っ手の上のほうの内側や、下の付け根のような目立たない場所だ。ここまでふさいで初めて管の中が密閉され、吸えば酒が上がってくる。

ロンドン博物館の収蔵品解説は、このコツを一行でまとめている。注ぎ口をひとつだけ残してすべてふさぎ、取っ手の付け根の小さな穴もふさぐこと。

指が足りないと思ったなら、ちゃんと理解できている。片手で水差しを持ち、もう片方の手の指で注ぎ口二つと取っ手の穴をふさぎ、残った注ぎ口をくわえる。初めて見た人が酒の席でこれを見抜ける確率は高くない。

サイフォンではない

パズルジャグの説明を読むと、取っ手が「サイフォンのように」働くと書いてあることがよくある。厳密には間違いだ。

サイフォンは、出口が液面より低くなければひとりでに流れない。いったん流れ出せば人は何もしなくていい。パズルジャグは、出口である注ぎ口が酒の液面より高い縁にある。吸うのをやめれば酒は取っ手の中へ戻っていく。人が吸って管の中の圧力を下げると、水差しの中の液面を押している大気圧が酒を管の上へ押し上げる。ストローと同じ原理だ。取っ手の穴をふさがなければならない理由もここにある。穴が開いていれば圧力は下がらない。

サイフォンで働く酒器は別にある。朝鮮の戒盈杯(けいえいはい)だ。決められた線を超えて注ぐと、杯の中の柱に仕込まれたU字の管を通って酒が底からすべて抜けてしまう。戒盈杯は欲張った人の酒を取り上げ、パズルジャグはコツを知らない人の服を濡らす。どちらもいたずらのような器だが、言っていることは違う。

賭けてもいいぞ

パズルジャグには、胴に詩が書かれたものが多い。たいていは挑発だ。

ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)にある1765〜1770年ごろのリヴァプール製のジャグには、こう書かれている。

"Here Gentleman come try your skill / I'll hold a wager if you will / That you dont drink this Liquor all / Without you spill or let some fall"

紳士がた、こちらへ来て腕を試してごらん。お望みなら賭けてもいい。この酒を飲み干せはしないと。こぼしたり垂らしたりせずには。

同じ博物館の、1770〜1775年ごろブリストルで作られたとみられるジャグはもっと短い。

"TRY HOW TO DRINK / AND NOT TO SPILL / AND PROVE THE / UTMOST OF YOUR SKILL"

こぼさずに飲めるか試してごらん。そして腕のほどを見せてごらん。

「紳士がた、腕を試してごらん」で始まる文句は、リヴァプールのジャグ何点かに少しずつ形を変えて出てくる。コロニアル・ウィリアムズバーグ財団が持つ1755年ごろのリヴァプール製ジャグには「エールでもワインでも水でも満たしてごらん(Fill me with Ale Wine or Water)」で始まる詩があり、財団はこの詩が複数のジャグに使われるほど当時流行していたと説明している。陶工たちが売れる文句を使い回していたということだ。

白いパズルジャグの胴に、青い筆記体でHere Gentlemen come try your skillで始まる詩が書かれている。首にはハートと花の形の穴が空いている
18世紀の錫釉陶器のパズルジャグ。高さ17.8センチ。胴にはV&Aのリヴァプール製ジャグと同じ「Here Gentlemen come try your skill」の詩が書かれている。首にはハートと花の形の透かし。メトロポリタン美術館蔵(写真:The Metropolitan Museum of Art, CC0)

こうした詩が教えてくれるのは、パズルジャグが酒場の道具だったということだ。常連が初めての客に一杯おごると差し出し、客がビールをシャツにこぼせばみんなが笑って、賭け金は常連のものになる。イギリスでは「ティージング・ピッチャー(teasing pitcher、からかい水差し)」や「ウェイジャー・ジャグ(wager jug、賭け水差し)」とも呼ばれた。首の下や取っ手の下にもうひとつ穴を隠して、答えを知っているつもりの人までひっかけるジャグもあった。

結婚祝いになったおもちゃ

だからといって、安物のおもちゃ扱いだったわけではない。

17世紀、パズルジャグの多くはロンドンのテムズ川南岸、ランベスやサザークあたりの陶工が作った。錫釉をかけて白く焼き、青い顔料で絵付けするデルフトウェアだ。中国の青花磁器をまねたオランダ・デルフトの陶器の技法が、イギリスに渡ってきたものである。

ロンドン博物館にはこの時期のジャグがひとつある。胴に「I N M 1655」と書かれている。博物館はこれを、1655年8月8日にロンドンのセント・ピーター・ポールズ・ワーフ教会で挙げられたジョン・ノートとマーガレット・チャンピオンの結婚を記念したものとみている。I Nはジョン・ノート、Mはマーガレットだ。結婚祝いにいたずら水差しをもらったわけだ。新居に客が来るたびに出してきたのかもしれない。

トロントのガーディナー博物館には、チャールズ2世の肖像と「CR2」の文字を入れたジャグがある。博物館は1660年の戴冠に合わせて作られたのだろうとみている。王政が戻った年に、王の顔を入れた飲み比べの水差しを作ったわけだ。祝い方としてはなかなかいたずらっぽい。

三つくっついた杯から始まった

パズルジャグの親戚に「ファドリング・カップ(fuddling cup)」がある。fuddleは「酔わせる」という意味だ。

花瓶のような小さな杯を三つか四つ、ねじれた取っ手で一つにくっつけたものだ。杯どうしは胴の中の穴でつながっている。だから一杯だけ飲もうとしても、ほかの杯の酒まで一緒に流れ出てくる。一杯だけは無理で、全部飲むか、まったく飲まないかのどちらかしかない。ケンブリッジのフィッツウィリアム博物館のファドリング・カップは1630〜1650年ごろロンドンで作られたもので、ガーディナー博物館のものには1639年の年号が入っている。

白いデルフトウェアのファドリング・カップ。花瓶形の小さな杯三つがねじれた取っ手でくっついている
1630〜1650年ごろロンドンのランベスかサザークで作られたファドリング・カップ。高さ8.3センチ。三つの杯が中でつながっていて、どの杯から飲んでも結局全部飲むことになる。メトロポリタン美術館蔵(写真:The Metropolitan Museum of Art, CC0)

ファドリング・カップは「一杯だけ」という言い訳を封じるいたずらで、パズルジャグは「飲み方を知ってるか」と問ういたずらだ。同じ時代、同じ界隈の陶工たちが両方を作っていた。

司教をからかう700年前の水差し

イギリスで最も古いパズルジャグとしてよく挙げられるのは、デヴォン州エクセターのロイヤル・アルバート記念博物館(RAMM)にある「エクセター・パズルジャグ」だ。1300年ごろフランス西部のサントンジュ地方で作られ、海を渡ってエクセターに来たものだ。1899年にエクセターのサウス・ストリートで破片の状態で見つかり、1930年代に大英博物館の修復家が組み直した。

胴は何層もある塔の形をしている。窓ごとに若い女性たちが身を乗り出し、下の階では楽士たちが演奏している。そして司教杖を持った司教が二人いる。博物館の説明によれば、ジャグの内側にいるこの司教たちは裸だという。中世の聖職者の品行を皮肉った場面と読まれている。博物館は、このジャグの持ち主はユーモアのわかる司教だったかもしれないし、教会をからかいたい誰かだったかもしれないと書いている。

ただし博物館自身、これは厳密な意味でのパズルジャグではないと言っている。酒をこぼさせる隠し穴がない。空洞の取っ手を酒が流れる仕組みがあるだけだ。しかも1930年代の修復でかなり手が加えられていて、X線で撮ってみると取っ手の一部や人物像の一部は20世紀に付け足されたものだった。「最古のパズルジャグ」という肩書きには、こうした但し書きが付く。正確には、パズルジャグにつながるいたずら水差しの祖先といったところだ。

今も作られている

パズルジャグはその後もイギリスと北ヨーロッパ各地で作られ、18世紀後半から19世紀初めにかけて再び流行した。酒場のテーブルに置かれ、やがて家で客と飲み比べをする道具にもなった。ウェールズのバックリーの窯のように、地方の陶工が作った素朴なものも多い。

今でもイギリスやアメリカの陶芸家がろくろでパズルジャグを作っている。V&Aは、陶芸家ミシェル・エリクソンが収蔵品のジャグを再現する過程を映像に残していて、取っ手の下に隠し穴と通り道を作る場面が出てくる。仕組みを分かっていても、取っ手にあの穴を空けるところを見ると少し憎らしい。

もし博物館でパズルジャグに出会ったら、まず取っ手を見てみよう。どこかに針の先ほどの穴があるはずだ。300年前の酒場でそれを見つけられなかった人は、シャツを濡らして帰った。

Victoria and Albert Museum, パズルジャグ収蔵品記録(リヴァプール 1765〜1770年ごろ、ブリストル 275-1896)および「How was it made? A puzzle jug」 · Michael Archer, Delftware: The Tin-Glazed Earthenware of the British Isles, V&A, 1997 · London Museum, パズルジャグ(1655年)収蔵品記録 · Gardiner Museum, チャールズ2世のパズルジャグ・ファドリング・カップ収蔵品記録 · Fitzwilliam Museum, ファドリング・カップ収蔵品記録 · Royal Albert Memorial Museum, Exeter Puzzle Jug 収蔵品記録 · Colonial Williamsburg Foundation, パズルジャグ(1755年ごろ)収蔵品記録 · The Metropolitan Museum of Art, パズルジャグ(45.12.10, 30.70.3)・ファドリング・カップ(38.73.11)収蔵品記録

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