グラスを一度回して置くと、壁面に薄く残ったウイスキーがしばらく留まり、太い筋が何本かにまとまってまた流れ落ちる。バーでこの場面に付く言葉はだいたい決まっている。脚が太くて遅いですね、熟成が長いんでしょう。粘度がある、ボディがある、オイリーだ。

聞くたびに少し引っかかる。あの筋が本当にウイスキーの何かを教えてくれるなら、同じ一杯を別のグラスに注いだときに脚が変わるのはどう説明するのか。

あの筋は流れ落ちたのではなく、這い上がったものだ

ほとんどの説明はここで最初のボタンを掛け違える。脚はウイスキーが壁を伝って落ちた跡ではない。逆に、壁を伝って上へ登った液体が重くなって落ちているのだ。

仕組みはこうだ。グラスを回すと壁面にごく薄い膜が残る。この膜は体積に対して表面積が大きいので、蒸発が格段に速い。エタノールと水のうち、先に飛ぶのはエタノールだ。20度でエタノールの蒸気圧は5.95キロパスカル、水は2.34キロパスカル——2.5倍の差がある。

エタノールが抜けると、膜に残る液体は相対的に水に近づく。ところが水の表面張力は1メートルあたり72ミリニュートン、エタノールは22ミリニュートン。40度のウイスキーはその中間で30前後だ。つまり膜は下の本体より表面張力が高くなる。

表面張力が高い側は低い側を引っ張る。だからグラスの中のウイスキーが壁面の膜へと吸い上げられる。上がった液体は上部に尾根のように溜まり、あるところで重力に負けて雫となって切れ落ちる。この往復が続くあいだ、脚が生まれる。

グラスの横の影に映った脚 — 壁面に雫が結ばれて流れ落ちる様子
グラスの横に落ちた影に脚がそのまま写っている。上部に液体が尾根のように溜まり、そこから一定の間隔で雫が切れて落ちてくる。写真はカルーゾ・パッシートのワインだが、ウイスキーで起きていることもまったく同じだ(写真:FlagSteward, CC BY-SA 3.0)

これを初めてきちんと説明したのはグラスゴー出身の物理学者ジェームズ・トムソンだ。1855年の論文で、彼はこの動きが表面張力の差によるものだと正確に指摘した。十数年後にカルロ・マランゴニが同じ現象を扱い、名前はそちらに付いた。トムソンとしては不本意だろう。

2015年にはもう一枚重なった。ヴェネラスとニエト・シマヴィラは、蒸発しながら膜自身が冷えること、つまり温度差も表面張力の勾配に寄与することを示した。2020年の研究は、上に溜まった尾根がなぜ一定の間隔で雫を落とすのかを衝撃波の理論で扱っている。170年目にしてまだ論文が出続けている現象だ。

「粘度」という言葉が入り込んだ場所

ここまでどこにも粘度は出てきていない。脚を作る力は蒸発と表面張力だ。粘度は出来上がった脚がどれだけゆっくり流れるかにしか関わらない。原因ではなく、結果の速度調整だ。

ではなぜ粘度の話がこれほど固まったのか。出どころはワインのほうだ。ワインにはグリセロールが1リットルあたり4〜10グラム含まれ、甘みと質感に関わるのは事実だ。ここから「脚が太い=グリセロールが多い=良いワイン」という三段論法が組み上がった。ワインでもすでに無理のある論理である。グリセロールの濃度差は表面張力を有意に動かすほど大きくないからだ。

ウイスキーに移ると、この論理はそもそも成り立たない。

グリセロールは留出液に移らない。 沸点が290度である。発酵を終えたウォッシュにはグリセロールが含まれているが、蒸留器を温めて78度あたりで上がってくる蒸気を受け取る方式では、この物質が付いてくることはできない。ウォッシュバックで生まれたグリセロールはポットスチルの底に残り、ポットエールとして出ていく。グラスの中にほぼ存在しない成分で脚を説明してきたことになる。

熟成中に樽から出てくる成分はどうか。リグニン分解物、オークラクトン、タンニンなどが溶け出すが、すべて合わせても1リットルあたり数百ミリグラムだ。粘度計に引っかかる量ではない。「オイリーだ」という感覚は実際の粘度というより、脂肪酸エステル系が作る口当たりに近い。

それでも脚は度数を少し教えてくれる

誤解を取り除くと、残るものがある。脚は度数とは実際に関係がある。ただし人が思っている経路ではない。

エタノール濃度が高いほど、蒸発で生じる表面張力の差が大きくなり、壁を登る力が強くなる。40度とカスクストレングス60度を同じグラスに並べて注げば違いは目に見える。純粋な水は脚を作らないし、純粋なエタノールも作らない。混ざっていて初めて起きる現象だ。

粘度も度数につれて動きはする。面白いのは、水とエタノールを混ぜるとどちらの原液よりも粘くなるという点だ。20度で水は約1.0、エタノールは約1.2ミリパスカル秒だが、40パーセント付近で混ざると2.5前後まで上がる。分子どうしが水素結合で絡み合うからだ。つまり脚がゆっくり流れるウイスキーは、熟成が深いからではなく度数がその帯にあるから、という確率のほうがはるかに高い。

暗い背景でテイスティンググラスを手に持って回す様子
脚を見るにはグラスを一度回して壁面を濡らす必要がある。ただしその動作が香りに効くかどうかは別の話で、高度数のウイスキーではむしろ損をすることが多い(写真:feverblue, CC BY-SA 2.0)

度数を目で測る昔のやり方としては、脚より先にビーディング(beading)があった。瓶を振って首のあたりにできた泡がどれだけ持つかを見る方法で、おおむね46〜50パーセントを超えないと泡が目立って残らない。精度が高かったからではなく、比重計なしで現場で使える唯一の物差しだったから長く生き延びた。

脚を最も大きく変えるのはウイスキーではない

ここが脚を鑑別の道具にしづらい本当の理由だ。同じ一杯を二つのグラスに分けて注いでも、脚は違って出る。

グラスに残った洗剤。 すすぎが足りず界面活性剤がわずかに残っていると、表面張力そのものが下がる。膜と本体の差が縮むので、脚がぼやけるか、まったく出なくなる。グラスをどう洗ってどう乾かしたかが、ウイスキーの熟成年数より結果に大きく効くということだ。リンス剤を使う食洗機は特にそうなる。

湿度。 脚は蒸発がエンジンだ。梅雨時の湿った部屋と冬の乾いた部屋では、同じウイスキーが違う流れ方をする。

温度。 表面張力は温度が低いほど高くなる。冷蔵庫から出したグラスと常温のグラスで条件が同じはずがない。

グラスの形と壁の角度。 壁が緩やかなほど膜は長く残り、狭くて急なグラスでは短く切れる。グレンケアンと厚手のオンザロックグラスはそもそも比較の対象ではない。

蓋。 ノージンググラスに時計皿をかぶせると、グラスの中がエタノール蒸気で飽和する。蒸発が止まれば脚も止まる。

蓋をかぶせたテイスティンググラスが並ぶ試飲会のテーブル
試飲会でグラスに蓋をするのは香りを閉じ込めるためだ。ところが同じ処置が蒸発を止め、脚も消してしまう(写真:megoizzy, CC BY-SA 2.0)

ここで少し厄介な点がひとつ出てくる。ISO 3591規格が無色透明のガラスを求める理由を説明するとき、外観の評価項目にlegsを含める慣習が付いてくる。規格が脚を品質指標として認めているという意味ではない。歪みなく見えるようにせよ、という条件にすぎない。それでもリストに名前が載っているという事実だけで権威が生まれた。

それで脚から読めるもの

役に立たないわけではない。ただ範囲が狭い。

同じグラス、同じ場所、近い時間帯という条件が揃えば、度数の差はだいたい読める。43度と58度を並べれば区別はつく。逆に条件が違えば何も読めない。別のバーで飲んだウイスキーの脚を記憶で比べるのは意味がない。

もうひとつ。良いウイスキーを注いだのに脚が妙に出ないなら、ウイスキーよりグラスを疑うほうが正しい。洗剤が残っているか、油分が付いている可能性が高い。脚は品質指標としてより、グラスの清潔さの指標として使ったほうがずっと正確だ。

ついでに言えば、脚を見るにはグラスを回す必要があり、その動作が香りに何をするかはまた別の問題だ。高度数では回すほど損をする場面が多い。

熟成年数、樽の種類、ボディ、品質——このなかに脚が教えてくれるものはない。それでもあの筋をつい見てしまう理由は別にあると思う。グラスを置いて一拍待つ時間を作ってくれるからだ。その数秒でアルコールの刺激が少し収まり、鼻を近づけやすい状態になる。脚を読むことより、その待ち時間のほうがずっと実質的だ。

J. Thomson, On certain curious motions observable at the surfaces of wine and other alcoholic liquors, Philosophical Magazine, 1855 · D. C. Venerus & D. Nieto Simavilla, Tears of wine: new insights on an old phenomenon, Scientific Reports 5, 16162 (2015)

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